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笑撃!! 原東京元年 PLAYBACK FC東京 2002

PLAYBACK FC東京
12 /16 2005
2001年大熊監督勇退
守備重視の戦術、ベテラン頼りの起用法そして7年目というマンネリ化を脱するために迎えられたのは浦和畑の原博実監督だった。
浦和サポーターから降格の戦犯扱いされていた彼の起用は正直かなりリスキーだと思ったし、後に4年も指揮を執る事になろうとは、当人含めて誰も予想していなかったんじゃないかな。。

当時、FC東京といえば、典型的なカウンターサッカーで何より負けないためのサッカーだった。
まずはJ1に定着しなくてはならない以上仕方のない事ではあったけれど、魅力に欠けていたのも否めなかったように思う。
だけど、メディアを通じて伝わってきた原新監督の言葉は非常に魅力的で期待を抱かせるものだった。

原新監督は目指すサッカーについて、
「スペインのクラブのような、“攻撃的サッカー”。モデルは結束力の強いアスレティック・ビルバオやアラベス」
と語った。

首都で観客を集めるには数多のエンターテインメントに打ち勝つ魅力を発揮しなければならない。
カウンターサッカーから観客を魅了する“攻撃的サッカー”へ、原博実新監督とフロントの意向はガッチリと噛み合っていた。
そんなに上手くいくかよ、なんていいつつも妄想は膨らむばかりだった。

FC東京にとって転機となる2002年の補強動向は以下の通り。
2002s.jpg

原監督のテーマは"主力と若手の競争”
「加地と茂庭は敢えて若い選手を獲るようフロントに頼んだ。」
見ての通り、今のFC東京を支える柱の多くがこの年に入団している。
原監督、フロントの眼力、そして継続力の賜物だね。

キャンプではどういった練習をしていたのかは分からない。
イメージを伝えるために欧州サッカーのビデオを何度も見せていた事は間違いないようだ。

そしていよいよ青赤煙と共に、原東京の幕が上がり、衝撃的なサッカーを目撃する事となった!!

1st ステージ
第1節 鹿島アントラーズ(H)○4-2

布陣

   アマラオ
成光  ケリー 由紀彦
   宮沢 文丈
下平 伊藤 ジャーン 稔
     土肥

11分 成光
17分 伊藤
44分 ケリー
52分 成光

なんといきなり王者鹿島相手に4得点の圧勝!!
何より“攻撃的サッカー”の触れ込みにふさわしく終始攻めきった内容でサポーターを一瞬にして虜にしてしまった。
とにかく前からプレスをかけ、奪い、チャンスとみるやDFでも攻めあがる姿は去年までと同じチームとは思えなかった。
先制点は右サイドの由紀彦が持った時に逆サイドがゴール前に詰めて得点。伊藤の得点はセットプレー後の流れからかな。
この試合で目立ったのは4得点全てに絡んだ成光。翌日の新聞には代表入りとも伝えられたね。
また、前年まで出場機会に恵まれなかった宮沢も初スタメンの期待に見事応えた。
この試合を原東京ベストゲームに挙げる人も多いんじゃないかな。
原東京は華々しいスタートを切った。

次節は原監督がライバルと公言していた浦和だった。

第2節 浦和レッズ(A)○1-0

この試合も好調成光のゴールで勝利。
しかし、文丈が大怪我を負ってしまい、その後に不安もよぎった。

第3節 横浜F・マリノス(H)△1-1
第4節 清水エスパルス(A)■1-2
第5節 ジェフユナイテッド市原(H)△1-1
第6節 ガンバ大阪(A)●0-5


横浜FM戦ではなんとかギリギリで追いついたものの、攻撃サッカーを絶妙なバランスで体現した文丈の離脱が響いて失速。
怪我も重なり、ガンバ戦ではマルセロらを起用したが大敗してしまった。
しかも、成光までバイクで自爆事故を起こし、更に状況は悪化した。
どうしても勝ちたい原監督は続く仙台戦で何と、ベンチにGKを置かない、という大胆な策に出た。

第7節 ベガルタ仙台(A)●1-3

前半健闘した東京だったが点が入らず、逆に後半先制を許し負けてしまった。また、由紀彦はこの試合以降スタメンの機会が少なくなっていった。

重苦しい状況だったが幸運にもここでリーグ戦は中断し、ナビスコカップに突入。
そして、暗い中に光をもたらすあの男が東京へとやってきた!

NCGL 第1節 清水エスパルス(H)○3-0

横浜FMで出場機会に恵まれなかった石川を「今なら使っちゃうよ」と口説き落とし、言葉通り合流3日でスタメン起用。
石川はモヤモヤを吹き飛ばすかのように右サイドを疾走し、1アシストも記録。東京にとって久しぶりの明るい話題になった。

NCGL 第2節 緑(A)○1-0
NCGL 第3節 ヴィッセル神戸(A)△0-0
NCGL 第4節 ヴィッセル神戸(H)○1-0
NCGL 第5節 緑(H)○2-1
NCGL 第6節 清水エスパルス(A)●1-2


初戦を飾った東京はこの頃から定着した加地や福田の活躍でGL1位突破を果たした。
明るいムードでワールドカップの中断期間に入った。

第8節 サンフレッチェ広島(H)○4-0

再開初戦は戸田のハットトリックで爆勝。
右サイドの石川も活躍した。
ここからリーグ戦も突っ走るかに思われた。

第9節 ジュビロ磐田(H)●0-2
第10節 緑(A)●1-2
第11節 コンサドーレ札幌(H)○3-1
第12節 柏レイソル(A)○3-1
第13節 京都パープルサンガ(H)●1-3
第14節 ヴィッセル神戸(A)■1-2
第15節 名古屋グランパスエイト(H)●1-2


しかし、結果はご覧の通り。
結果も内容も良かったり悪かったり。
押しているのに決められなかったり、悪いけど決めたり、前半は良かったのに後半はグダグダなんて不安定な試合ばかりしていた。
これが経験の無さというものなのかもしれない。
ちなみに、京都戦辺りから茂庭がSBで起用されるようになった。

ちょっとした中断期間を挟んで2ndステージへ。

第1節 ジェフユナイテッド市原(A)○1-0

守り勝ちで初戦勝利。
ナビスコ準々決勝は…

NC準々決勝 ガンバ大阪●1-3

前半は良かったものの、波のある悪癖が出て後半一気に逆転を許してしまった。
そしてリーグ戦でまたもやガンバと対戦する事となる。

第2節 ガンバ大阪(H)○1-0

「西野さんには全部バレちゃいそうで、何にも考えないようにした。」原監督
無心の勝利。

第3節 サンフレッチェ広島(A)■1-2
第4節 緑(H)○2-1


広島戦でまたも決定力不足を露呈して延長負けを喫するも、エジムンド頼りの緑には逆転勝利!
3位と好調にスタートを切った。
が、やはりまだ若い…。

第5節 ジュビロ磐田(A)●1-6
第6節 横浜F・マリノス(A)●1-2
第7節 柏レイソル(H)●0-1


当時圧倒的な強さを誇った磐田相手に完敗。高原には4得点も謙譲してしまった。
その後はあと一歩の戦いを繰り返し、3連敗となってしまった。
しかし、若さが良い面で現れることも。

第8節 コンサドーレ札幌(A)○4-0
第9節 ヴィッセル神戸(H)□3-2
第10節 京都パープルサンガ(A)○1-0
第11節 ベガルタ仙台(H)○2-0


当時最も弱かった札幌戦では加地のスーパーロングシュートが飛び出すなど敵地でやりたい放題。
4得点で圧勝すると波に乗って4連勝。
また、神戸戦から茂庭がCBで起用され、藤山が左SBにまわった。

第12節 名古屋グランパスエイト(A)●0-1
第13節 清水エスパルス(H)●1-2


波に乗ったかに思われたが苦手名古屋にまたも屈すると、清水相手には数的優位を活かせずに敗戦。
相手が減ると弱るのは今も昔も変わらないが(苦笑)
ホーム最終戦は浦和との対戦だった。

第14節 浦和レッズ(H)□1-0

両チームともにすさまじい集中力を発揮した試合は延長に入って福田Vゴールで決着がつき、伝説の福田溝ダイブ!!
劇的な幕切れを迎えた。

第15節 鹿島アントラーズ(A)●1-2

最終節鹿島との対戦は相変わらず決めるべき時に決められず終了間際に力負けという結果に。
そして天皇杯へ…

天皇杯3回戦 湘南ベルマーレ■3-4

特別指定だった阿部ちゃんの活躍も虚しく、戸田弟の前に沈んでシーズンが終わった。

2002 基本布陣

     アマラオ
  戸田 ケリー 石川
   宮沢  浅利
藤山 伊藤  ジャーン 加地
     土肥

リーグ戦:9位 30戦13勝2分15敗得点43失点46
ナビスコカップ:準々決勝敗退
天皇杯:3回戦敗退


原博実元年だった2002年、最も重要だった原イズムの浸透には成功したと言っていいと思う。
当時から口酸っぱく「シンプルに」「どこが相手でも自分達のサッカーをする」と言い続けた効果があった。
真に“攻撃的サッカー”だったかどうかはともかくね(苦笑)
成績面でも最低限の残留を早々にクリアすることが出来たのも評価できるね。
補強の面でも、加地・茂庭の二人が競争に打ち勝ってスタメンを勝ち取り、途中加入の石川も武器として機能したのだから大成功だ。
シーズンフル稼働した宮沢の発見は原サッカーを体現する上で非常に重要だった。
大熊サッカーで培われた一所懸命なサッカーをしっかり引き継いだ上で原サッカーへ移行する礎がしっかりと作られた一年であった。
ヒロミピョンピョンや朴訥とした人柄でサポーターの心も一年目でガッチリ掴んだしね。

ただ一方で、若さ故の過ちを繰り返した年でもあった。
波が激しく一年中連勝連敗を繰り返し、押している時間帯に点を取れず逆に経験の無さから試合の終え方がわからず終盤に失点する事も多々あった。
それだけのびしろを残していたとも言えるのだけれど。

禁句と知りつつたらればを言わせてもらうならば、文丈の離脱が何より痛かった。
浅利、下平といった面々がよく穴を埋めてくれたけれど、重心が後に残ったままの普通なサッカーになってしまったよね。
原サッカーの一番の理解者であった文丈がもしピッチに立っていたならその絶妙なポジショニングで徹底した攻撃的なサッカーを披露できていたに違いないよ。

話は逸れるけれど、この年既にフロントは目標を優勝と言っている。
2005年に強く言い始めたように感じるのは忌まわしきHop Step Champの映像が頭の中をグルグルと回ってしまっているからじゃないかな。

最後は有名なアンケートのコピペで締めたい。

質問1
Q 「3バック」と「4バック」、基本的に採用しているシステムはどちらですか?
A 4バック
Q あわせてその理由も教えてください。
4バックが好きだから。

質問2
Q 採用しなかったシステムについてうかがいます。そのシステムを採用しない理由を教えてください。
4バックのほうが好きだから

質問3
Q 日本人の身体的な特徴などからみて、日本人に合っているDFのシステムは3バックだと思いますか?4バックだと思いますか?
A 4バック
Q その理由も教えてください。
自分は4バックが好きだから

http://www.tv-asahi.co.jp/n-station/sports/archive/34back/05fctokyo.html
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いぎーた

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